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既に宝を頂いている相

◼️ 既に宝を手にしている相。

前みたいにきっちり出勤出来ていない私です。少し気合いが足りません(苦笑)

ただ、最近の感触として、有難いことにお客様が最初は当たる、当たらないからの流れをご経験頂きながら、ご紹介賜ることも大変嬉しく思いますが、更に嬉しく思うことは、「人生勉強」をされに、ちょくちょく寄って下さる方も比較的多くなってきたように思うことです。

基仙流の醍醐味は、指南に尽き、指南の核心は、「学び」です。

私の過去も今も一貫しているテーマは、よく遊び、よく学び、でありまして、それもこれも現代の若者(20代〜40代)へ提供する言葉選びが、アメとムチ、絶妙な緩急を有した言い方が出来るように思うからです。

人生は、よく学び、と、よく遊び、のそれぞれの内容と程度があれど、バランスを取るのは難しいけれど、どちらも一生懸命に向き合うことは求められます。

このバランスをこなしている様が、人間らしく、豊かな、エネルギッシュな人生としたいわけです。

昨日もご紹介頂いた若い女性でしたが、身形は良く、恋愛相談からの始まりでした。

時に、よく遊び、の中には、エゴも含めて、よく遊び、を認めるのも人の器。

ならば余計に、よく学び、が軸にあって欲しいと願うのも心情というものです。

人生を、自分を、社会を、「客観的」に「道徳的」に、真剣に向き合ったことがない方は案外多いです。

どこまでも、勝手解釈、都合解釈で、人生のフィールド、生き方のフィールドを決めてしまっている人が大変多い。例え現実が追いつかなくとも、テーマは高く、質は高く、が求められるのも、開運の必須条件であります。

大所高所から、とよく言ったもので、大所高所の価値観は、その概念を有した人(師匠)からしか学び得ることが出来ません。

そういう機会に恵まれなかった人や、スルーしてきた人、脇道の居心地からどうにもこうにも抜け出せない人、様々いらっしゃいますが・・・、

天才と凡人は紙一重、僅かな差、僅かな気付きで、劇的に人生のフィールドが変わる人も同等にいらっしゃることも事実です。

それには、よく学びの境地に入ることからのスタートです。

たまによく学び、だけの人もいらっしゃいますが、これも年代によりますし、その方の仕上がり具合にもよりますので、一概に評することは難しい面はございますが、理屈になりがちの人が多いのも否めません。独善的であったり、論語読みの論語知らず的な・・・。

やはり、バランス。

もとい、

昨日のお客様も、そんな僅かな差を掴むだけで劇的に未来の姿が変わるとした女性でした。

この僅かな差を学びとする場合と、しない場合では、今後全てが後手後手にまわるか、時に先取り、正面突破か、の差は大きいと見ました。

この見え方は、非常にシンプルに言うことが出来ます。

この女性は、既に宝を手にしている。

と。

宝をみすみす逃すのはもったいない。時に逃すのも人生の幅とみてあげたいけれど、後手後手になりすぎると、最後には、エゴで取り決めた人生のフィールドから抜け出せなくなるのが、非常にもったいないと思います。

それが、よく遊び、特に欲に偏ったものなら価値薄し。

ただ救われたのは、本人も、私が伝えた僅かな差、僅かなテーマは、よく理解しているようでした。

後はこの方が、このテーマに沿って、よく遊んで、よく学び、押したり、引いたり、悲哀も経験しながら、青春を謳歌してもらうことが何よりです。

単なる苦労は、単なる失敗は、単なる誤算は、何の魅力もない経験であることを知ることが、僅かな差としています。

よく遊び、よく学びの一文には、改めて考えさせられるわけです。
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ソ⚫️トバンク創始者の不都合な真実。

言わずと知れた通信事業最大手ソ⚫️トバンク。その創始者である🔴正義氏は、もはや語るまでもないほど、近代経済史においても類稀な成功者の1人であり、将来にわたっても語り継がれる経営者であろうと思います。

◼️ 経営者と人格者。

先日、ひょんなことがキッカケで、この創始者の内側まで迫ってみようと相成りました。様々なテーマを立てて勝手ながら解剖させて頂いたところ・・・、大変面白い事実を得ることになったのです。

一言で申し上げれば、ピカイチの経営者でありながら、イマイチの人格者であるということです。

再三申し上げておりますように、通常はピカイチの経営者であれば、ピカイチの人格者であることに直結するのですが、どうもこの創始者は繋がりません。これはどうゆう風の吹き回し!?と、もう一度、観念すると、ずばりピカイチの経営者ではなくて、ピカイチの経営能力者が妥当な表現となりました。

古き良き日本人経営者の様相に当てはまらない、現代風というか、優れた策略家型経営者であるようです。

問題はですね、イマイチの人格者と語呂合わせで申し上げましたが、中々の「曲者」と見立ています。

そして、ある解剖箇所(テーマ)を立てて見てみたところ、大変に残念で、かえって憤ることがありました。以下に二つ挙げたいと思います。

① 経営哲学に日本国の為・・・が皆無。
② 日本人としての誇り、自覚が曖昧。

ふと、会社そのものを疑いたくなるほど、残念な結果でありました。

また、京セラ創始者であられます稲盛和夫氏が言うところの「事業の動機は善であれ」

さて、このテーマにおいてはどうであるかと、不安な気持ちを抑えて真っ白な気持ちで観念しますと、あら!不思議と善側に映りました。ただ・・・妙に迫力に欠ける善であることも見逃せなかったのです。何をもって善であるか、何に対して善であるか、言い知れぬ本音の部分が混ざり合った『純血な善』でないように思った次第です。

更に、これほどの経営者・・・人徳においては揺るぎないボリュームがあるのではと期待すれど・・・

これまた・・・いや、ここに限っては無いに等しいように映ります。(※会社内を特に観念)

本来は、日本の風土に沿う徳、人間性を有しない経営者は、遅かれ早かれ『運』を失います。一般の会社ならば、社長=会社であり、すなわち社長の不徳は、会社の不徳、顕著に事業そのものに影響が出るものです。しかし、ソ⚫️トバンクのように巨大化した会社は、そうやすやすと危機には陥りません。人財は強固な人柱、運の集合体、そうゆうものです。

もう一つの言い方をすれば、記憶に新しい大王⚫️紙のように、創業家、経営陣の浄化といった大きな改革で乗り切る運命も否定出来ないほど、不徳がもたらす事態は、本人も、周りも、想定の範囲を超えることがあるわけです。

「最後に問われるのは、真の徳であり、人間性であり、この神判は、天のみぞ知るレベル(規模)のお話でもありましょう。」

そのまま勇退か、省みるか、はたまた私の見当違いか(苦笑)。

いずれにしても、策士は策に溺れるように、辻褄が合わなくなる時代が必ずやってくるものです。その前に手を尽くして頂きたいものです。

日本人は日本人であるが故に誇り高き徳を持つと思います。すなわち、日本は日本式の徳行、善行でなければ運は最後までついてこないということです。

とは言うものの並大抵ではない志と、努力と、才と、運でここまで大きくしてこられた実績は一経営者として、文句のつけようもなく、純粋に尊敬しております。

しかしながら、大きな声では言えませんが、巨大産業である遊戯業界の実態しかり、どこか日本らしさではない、本道ではない空気に無意識に侵されている、いや無関心な現代日本人の軟弱さと軽薄さの象徴なのかもしれません。

純日本企業よ、しっかりなされ。

開運法の正しい定義。

「自己成長なき開運」は一時の快楽に等しく、にも関わらず矢継ぎ早に事を進め、いつの間にか本質を失い、いずれ朽ちる。

これほどまでに開運と名のつくものが溢れてしまっている世の中で、どれが正しい概念を有し、更には何が本物の力を有しているのか?を正しく見極めて欲しい・・・と雖も、方位磁石も地図もない砂漠でオアシスを探せ、と言っているようなもので、大多数の一般の人にその目利きを求めるのは大変困難のように思われます。

とは言うものの、具体的なやり方(開運法)は一旦置いたとしても、概念、つまり正しい開運法の定義は、実は至ってシンプルであり、誰もが納得する内容であるにも関わらず、そこに身を置かない、その路線で探さない、追求しない、のは、民度の低下か風潮か、はたまたマスコミの影響か・・・。

何をもって、どんな状態が開運か?は、人によっても、その時のケースによっても、表現と内容はいくつかに分かれますが、それもこれも『全ては健康あっての維持と発展』として、目に肌に触れることは出来ないけれど、確かに存在する「運」が、第一に健康で、尚且つ、機能的な肉体(運体)を、それぞれの目的に合わせて鍛え、作り上げていくことの重要性と、「そこに至るまでの過程、方法論」を正しく知ることで、少なからず巷の開運法の是非、限界を知ることは出来ると思います。

繰り返しますが、正しい開運法の定義とは決して難しい概念ではなく、それはとても常識的で、人として真っ当な生き方を理解出来る人であればなおのことです。

しかしながら、良きも悪きも利便効率化社会、刹那を追う現代人にとっては、分かっちゃいるけど・・・と耳の痛い事なのかもしれませんが、改めてお聞き願いたいと存じます。

◼️ ダイエットは栄養管理➕食事制限➕運動。

開運法の概念は健康管理、分かりやすいところで言えば、ダイエットとほぼ似た内容を有しています。

そして、女性の方なら身に染みてご理解賜われるかもしれませんが、正しいダイエットを継続していく、更にその先の健康管理をし続けていく過程の重要さと、継続する忍耐力は並大抵ではないことはご存知の通りでしょう。

も一つ言えば、健康管理を無視した、刹那のダイエットのメリットとデメリット、浮かれ調子と後悔もよくご存知のことでしょう。

皆さん、学生の頃は、基礎代謝はもちろん高く、体付きも適度で、なおさらスポーツしていた人なら俊敏で、疲れ知らずの若さ溢れるパワーで過ごしていたのではないでしょうか?

通学の自転車など運動のうちに入らず、そんな意識さえありませんでしたが、中年にもなると、そんな過去からすれば僅かな運動さえ「運動」として意識的にやろうと、やっていると思っていることが、そもそもの基準であって、「あの頃のように・・・」は、実際は遥か彼方にあるものです。

それもこれも、やはり『環境』、そして『習慣』です。

ダイエット、つまり健康管理のゴールは、習慣になることです。

習慣とは、どこにも無理がない環境のことです。人によっては、ダイエット、健康管理の動機から始まったけれど、今やハードな筋トレやスポーツを好むようになりました・・・ということもあるでしょう、しかしその人にとっては、それが習慣であって、それが環境です。

つまり、苦労を苦労と認識している、やっている感を認識しているうちは、習慣になっておらず、その環境である、とも言い難いわけでして、それだけ習慣化する過程は、地道で、それこそ知らず識らずに精神の成長が伴って始めてワンステージ上の環境を手に入れるわけです。

◼️ 健康な体は計り知れない恩恵。

大事な感性として押さえておきたいことは、健康がもたらす底力、許容はそれだけで恵みです。多少の無理も効く、アルコールなど暴飲暴食していた頃より、お酒が強くなる、内外ストレスに免疫が出来たように感じる、など、健康であることだけで、既に幸せであるという見方です。

正に開運、「運」も同様にとらえることが出来ます。運が良い、とは、第一に運の健康状態が良い、と言えます。

そんじょそこらの外敵に負けない運(運体)が既に運が良いわけです。

病気をしない、不運が最小限、挫けない、「踏ん張りが自然に効く」ことの無形の恩恵は代え難い幸せでもあります。

この環境が継続的に続いていることを、プラスαがない、刺激的な出来事がない、などと傲慢に考える人は、残念ながら、始めから運勢学、いや生き方の根本を見直していくしかないようです。

「人は既に頂いている」証であって、その原理原則に立ち返る、また、自らが自らで無碍に、手荒に扱い、失ったものを取り戻すことこそ、開運の基本的な概念であります。

この感性と言いますか、人生観そのものが、既に正しい開運の定義としておりますが、この上に乗っかるのが、いわゆる金運、縁、更なる健康、更なる厄除けですが・・・、ここに直結するのが、『人間性』です。

健康であること、健康を維持することの重要性と計り知れない恩恵が既に備わっていることはご理解の通りでありますが、その上に特化する運、手に触れて分かる感動、更なる充実を求めるならば、その人の人間性が問われます。

規模、内容は問わず、そこに見合った情熱、努力、忍耐は当然ながら、「相応しい人間性」かどうか、が最後には問われる、ということです。

仕組み、準備は出来ているつもりだが、中々、開運しない、という方は、人間性、人間力の向上がまだまだ追いついていないということは多く見られます。

つまりは、平たく申し上げれば謙虚さが欠けている人には、いくら健康からもたらされる補いの運あっても、更なる飛躍の運は訪れ難いとされます。

ここでも分かることは、人間性に相応しくない運は本質的な運に非ず、若しくは、たまたまの流れで入ってしまった時期尚早の運と思しきものは、余程慎重に、とにかく謙虚に、とにかく真摯に取り扱うことが求められますので、要注意です。

◼️ 日々を地道に。改善が基本。

このように、開運とは、まずは改善から始まるととらえて頂きたいわけです。十年不摂生してきて、一ヶ月やそこらで改善しますでしょうか?普通の感覚ならば、取り戻すのに相当の年月は意識したい。人体ならば、規則正しい生活を1年から2年続ければ、ある程度リセット出来ましょう。それを人生に置き換えてみて下さい。人間力、才、徳まで含めて考えてみて下さい。十年間、好き勝手に、貪欲に、不勉強に生きてきた人間が、高いお金払って、縁起物を買い、高い旅費払って「パワースポット」2、3回行ったぐらいで、取り戻せますか?十年間で、だぶついた体の、弱りきった内蔵を?

それは思い込みと、やり方を間違ったダイエットの効果に過ぎません。

しつこいようですが、運とはまずは「改善」を意識において下さい。

健康な体、健康な運に徐々に改善していくことに計り知れない恩恵があると思って頂きたいのです。

その上に上乗せしていく運、それはスポーツ技能、筋トレのようであり、人間力の向上によって成し得ていくという原則を知って頂きたいと思います。

長文になりましたが、掻い摘んで言えば、とても常識的な話だと思います。

「体質改善」と「筋力トレーニング」です。

体質改善で既に運良し。

筋力トレーニングで運作り。

です。

◼️ 長期的、且つ成長を伴うプログラムに、対応する開運法を。

となると、結論的に求められるのは、この地道で、長期的且つ継続的、更には人の成長まで促し、対応する開運法でなければ、本末転倒で、絵に描いた餅で、「理論は認められても、発見されていない為に確証は得られない物理学の世界」と同様になってしまいます。

一昨年、CERNで理論上あるとされたヒッグス粒子の大発見。

そんな都合の良い粒子などあるはずないとされたヒッグス粒子。

「そんな都合の良い開運法」などあるはずもない、とされているのが正に我々の提唱する理論であり、開運法でもあります。

信じる信じない、迷信、心の問題、はたまたオカルトでしょう・・・を、遥かに超えた世界があるという事は断言致したく、また、正しい開運法の定義を、「素直」に捉えて頂きましたら、そこに一点の曇りも、作為もないことを感じて頂けるかと思います。

これ以上、以下でもないところに、運勢学、とりわけ開運法は存在しているということを。

この概念、定義に沿う既存の開運法(具体的な所作、方法)が存在するのか?どうか?それぞれに、少し深く考察し、考えてみて欲しいと願うばかりです。


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