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神はいる?いない?

守護霊、霊界っているの?あるの?

易経に陰陽が測れないところが神である。

と、書かれています。

この言葉に尽きます。

守護霊やらあの世といった見方自体が既に陰陽論であります。

人の能力は不思議であり、また自由であります。

視力と見たいイメージでいかようにも情報が入ってくるからです。

再現性、精度は一旦置くとして・・・。

1⃣ 色で見ようとする。

2⃣映像で見ようとする。

3⃣守護霊という概念で見ようとする。

4⃣ご先祖さんという設定で見ようとする。

5⃣亡くなった人として見ようとする。

6⃣霊界という設定で見ようとする。

7⃣声という設定で見ようとする。

これら、全て何らかの形やイメージをもってメッセージを受けることが可能です。

しかし、このよがった設定そのものが、既に陰陽論であることを忘れてはなりません。

神とは何か?

この定義については、近代科学が進まない限り、精神世界の分野も明快な表現は難しいと考えます。

余談ですが、先日発見されたヒッグス粒子、そして他の独立した存在なのか、はたまたヒッグス粒子等の陰陽的存在なのか分かりませんが、暗黒物質やダークエネルギーの正体が関連して、神とは?を引き上げてくれそうな期待は持ってます。

で、本題ですが、守護霊はいるか?皆さんが描く霊界はあるか?の話ですが。

今のところ、私が言えるのは、あると思えばあるし、ないと思えばない。に尽きます。

実務経験から申し上げれば、霊、悪霊やら先祖霊は、稀の稀の稀で意味表層化します。何でもかんでも霊やら何やらを持ち出してくる霊能者は断言して嘘です。

殆どが気の乱れ、淀み、悪気が憑く。であります。

と言うのも、そもそも人霊などいった概念はないのです。平たく言えば、亡くなれば、生の形は変わるだけで、人霊といった、あたかもその人がそのまま霊となって、TV、雑誌でお馴染みの振る舞いをしているかのイメージがありますが、間違いです。

魂があるならば、本体は別の次元に行ってます。

ならば、よく言われる人霊の類とは何でしょう?

工場でもロスや廃棄が出るように、泥水を置くと清濁分かれるように、残留物みたいなものです。

よく考えてみて下さい。生前、あんなに明るく、頭脳明晰な人が亡くなった途端に、無口になり、短絡的なメッセージしか流さない。タンス〜の中に〜大切なものが〜。とか。

そして、生の形が変わるというならば、この世に対してあえて、わざわざ関与する意識や仕組みは働かないわけです。しかし、お尋ねすれば、何らかの応えは返ってくる構造はあるようです。また、メッセージ色の強い霊現象と呼ばれるものは、例えば、遺影が倒れたとかもその本人がしでかしたことかどうかはまた別ですが、緊急事態の際は稀の稀の稀にそうゆう働きが起こるようです。また、降霊やらチャネリングなんかも、要はお尋ねです。やり方の違い。

昔は蟻の暮らしをしてて、今、人間の暮らしで、あなた、わざわざ関与しますか?みたいなことも言えます。了見を広く見るようになりませんか?

悪霊の類も稀の稀の稀に何らかの誤作動と残留物もほっとけば、腐敗するみたいなもので、普通は風化しますが、環境によってはいつまでも残る場合があるわけです。日常生活でもあるでしょう。いつまでも臭い場所(笑)

と言うことで、人霊やら悪霊やらも確かにあると言えば、ありますが、何者であるか?を把握して対処し、捉えて下さい。極論言えば、悪気も悪霊も人霊と見立てる霊も、この世の現象にすぎません。

この世の現象にあたふたするな。です。

で、冒頭に戻りますが、だから、ありとあらゆるイメージで見る、知る、感じることが出来ます。あるメッセージを映画で表現する、活字で、舞台で、絵画で、これら全て設定であり、固定化した決めつけの陰陽論での広がりでもあります。

神とは?

陰陽が測れないところが神。

五分五分の世界。

中庸の世界。

0の世界。

バランスの世界。

お尋ねすれば、設定すれば、返ってくる世界。

不思議でなりませんが、巷である意味、業界的に常識のように語られる世界観は、実は、陰陽に振り分けられた決め付けた世界観であることを認識下さい。

死ななければ、分かりません。

だから、我々の見方、無相は白黒で、雲で、光で見る見方が、どれだけ深い概念を有した、一番理に叶う見方であるのか?を改めて思うところです。

重力が働ききれば、それは既に決まったものであるが、重力が働く瞬間、動こうとする瞬間を見るには、雲や光でしか分かりません。

無相は、設定次第で何でも知れます。何でもです。時空、次元も超えて。

そして、これを雲で光で知るということが、どれだけ限界を作らず、決めつけず、自由で、造化であるかの妙でもあります。

何事も色眼鏡で見ることは、控えましょう。です。

素直に見るとは、雲と光です。

長文になりましたが、あの世を語る前に、守護霊語る前に、霊語る前に、とにかく素直な気持ちで今を語ることから始めましょう。そして素直に未来を、素直に世界をとらえるようにしましょう。それが答えです。それ以上以下がないから、今が全てであります。

それと、摩訶不思議な霊現象より、もっと不可解で、摩訶不思議なことは、もっと身近に、起こっています。

これを奇跡と呼ぶ。

皆さんもあるでしょう?小さな奇跡から大きな奇跡。

これを運とも呼ぶ。

神の仕業ではありません。

運力は、この世の陽の産物です。

善行を積み、前向きに生き、真心を目指すところに運力は宿るわけです。

神でも、守護霊でもなんでも
ありません。

強いて言えば、真心は透明感が増す。奇跡は透明感のある場所を狙ってやってきます。

透明感を増すには、人間力の向上と自然力の力を活用する二点しかありません。

それ以外は全て、陰の産物です。パワーストーン系も同じ。

陰は有限、知恵なし、濁りやすく、目先のまやかし。

どこか固定化された、偶像化されたものに帰依したり、求めるそのものが、既に陰であることを。

案外、気付かない。

神様、〜の創造主とか。

祈祷やヒーリングでさえも。天、人、地の人であることにやってる側もやられてる側も気付いてない。

はい、どうせやるなら・・

天のパワーです。

はい、どうせ見るなら・・

陽の見方です。
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