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当たる、当たらない。を小難しく解説。

よく目にします・・。キャッチコピーは大切です、また自由でもあります。誇大広告や薬事法のように法律に違反しない限りは、それぞれの主張で構いませんが、我々の業界で特に占いにおいては、「当たる」か「当たらないか」がとても大切にされているキーワードでもございます。



「当たる」とは、何をさして「当たる」のでしょうか?

「当たらぬ」は何をさして「当たらぬ」のでしょうか?


「当たってほしい」は何でしょう?

「当たってほしくない」は何でしょう?

それは、それぞれに想うところであり、”ひとくくり”には出来ないわけですが、「当たる」を越えて、「当たらない」を越えて・・・という極意が占い(指南)にはあります。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と街易をやっていると「冷やかしもありもって」ですが、前を通り過ぎる時によく言われることがありますが、当たるも八卦、当たらぬも八卦とは、意味をそのまま翻訳すると、占いは当たる場合もあれば、当たらない場合もあるということ。悪い卦が出た時、よく使われる方便みたいなものですが、厳密に申し上げれば、断言できることは、一流の指南に単純に「当たらぬ」はありません。

例えば、普通に「当たらぬ」の場合は、お客様が嘘をついている場合です。

「嘘を見抜けないなら一流の占い師ではないではないか?」と言う方もおられますが、嘘を見抜いたとしても、それはそれの質問のままお応えします。それがその方の運勢です。運命です。程度ですから・・・。嘘を見抜くことが占い師の腕ではございません。

さて、本題に戻せば、「当たる」「当たらぬ」を越えて・・・・という極意は、100%「当たる」の先にある光。「当たらぬ」の先にある光・・・100%「当たる」の道分かれにある光を見て指南するということです。その先の光が具体的に見える場合と光として見える場合はありますが、具体的に分からずとも、何かがあるから光るのです。

「当たる」「当たらぬ」を越えてその先にある光を見ることが指南、占い。



去年の話ですが、あるお客様がご来店頂きまして、その話を紹介したいと思います。A氏「開業したいのですが、いけそうですか?」と。和泉堂「いや、このままの条件、アイデアでは弱いですね・・」A氏「では、こう、こういうアイデア、条件ではいかがですか?」和泉堂「それは良いです。そのままの流れを大切にしてやって下さい。それならば吉です。やってみましょう。」・・・と簡単に書きましたが、実際、この方は、結局一年程度で閉店することになりました。しかし、何故、「難しい局面があって、それでもなお開業を勧めたのか?」と思われるでしょうが、「この方に、今やっても駄目です」と言ったところで、将来必ず何かを起す人だと見えました。やるなら今のうちも一つという判断です。そして成功するかしないかは吉凶の前に才覚。吉凶あれど成功させるのは本人です。が、そういっても占い師の腕に関わることですので、吉凶はしっかりと・・。本人(お客様)からしてみれば、「当たらないではないか!」と思われがちではありますが、この方のこの開業の先に何か光が見えたのです。

そして、この方の才覚の是非もありもって、閉店までの間の懸命な努力と、運の作用もあいまって、別の大きなアイデアが生まれ、その道が大きく開きかけました。そして、そのアイデアは、開業時の規模とは比べようもないほどの大きな、大きな仕事に変わりました。

閉店はしたけれど、大きな借金は抱えたけれども、その一年の経験と、また形をかえて、今まで以上の、それ以上の大きな仕事に形を変えたことは、指南時に見えた、「当たる」の先の光、「当たらぬ」の先の光が「これでしたね・・・」と言うことです。

繰り返しますが・・・

「当たらない」とは何をもって「当たらないのか?」はそれぞれに想うところです。

「当たる」は何をもって「当たる」かはそれぞれに想うところです。

がしかし、「当たる」を越えて、「当たらぬ」を越えて、その先の光を常に見えてこそ占い師、指南業の心得であり、腕です。

ここから見えてくる小さな悟りであり、人生の極意でもありそうですが、「何かを起して(始めて)、例え失敗したと思うようなことがあっても、自暴自棄になったり、途中で諦めたり、世を捨てるようなことがない限り、どんな状況下に置かれようが、道はまた開ける。」ということの方便、裏返しの真理のように思えてきます。

そして、皆様・・占い師に質問する際は、どうぞ、自分に対しても、質問事項においても、しっかり軸や柱をおいて質問なさることをお勧め致します。

軸や柱がある人は、「当たる」「当たらぬ」を越えた光を常に持ちうるものです。

軸や柱を持たぬ人は、「当たる」「当たらぬ」どまりの運勢であり、人生に終わりがちです。

そうです。占いは、「100%当たる」「当たらぬ。」で終わる占い師、またはお客さんは「当たる、当たらぬ。の先の光を見ず。」です。

そして、この「当たる」「当たらぬ」の先の光を見えるのは、やはり印堂、無相を利用した占い、指南に限るでしょう。

四柱推命、紫微斗数、ホロスコープでは100%その先の光までは占えません。また周易、タロットでも難しいです。

真剣勝負であればあるほど、印堂、無相占いが生きてきます。

開業のような大きな決断は、真剣勝負です。

真剣勝負以外は、ざっくりした占い方法でも対応できますが、真剣勝負にはざっくりした占い方法では無理です。「ホロスコープで当たった!」「タロットで良いとされて、今、儲けてます!」も沢山おられるかもしれませんが、今、幸せならばそれは良いことです。しかし、その先の光は、その先の暗闇を一回りして、人生です。開業、事業です。

真剣勝負になればなるほど、5年、10年後の形、光の清濁を、四柱推命や紫微斗数で、周易、タロットで占うことは至難の業です。

5年、10年後の姿がはっきり見えます・・と言う”印堂、無相を使わない普通の方法で占う”占い師は、「嘘」か「とてつもなく腕が良い」かです。繰り返しますが、真剣勝負の場合に限ります。

結婚も真剣勝負ですが、5年後、別れます。や10年後、死別しますなんて言う占いは、沢山聞きますが、その後の姿、光を見ての「別れます」なのか「死別」なのか・・ということです。ただ「別れます」だから結婚はやめて下さい。「死別」なので、それでも良いなら結婚して下さい。「相性が悪い」ので結婚は・・・。

これでは、ただの占いです。相性悪くても、別れる・・が目に見えていても、「結婚して下さい」と指南する場合は、沢山あります。

何故か?印堂で、無相で、そう応えてくれるからです。その結婚に、その先に、何かあるからでしょう。何か潜んでいるからでしょう。

そして、全てに言えることは、占いは一言で言えば、開運です。運が開いていかない指南や占いは下の下。占いとは言えません。開運こそ占いの醍醐味でもあります。

ですので、その占いが「当たった」場合は、運がある、ツキがあったも正解です。

「当たらなかった」場合は、運がない、ツキがなかったも正解です。

占いは開運である。開運は運が必要です。占いの前に「運」をもっとよく知って・・。

そして、その先、後が大事であることは記述の通りですが、出来るだけ、その後、先の手前で全てを学べるように、大成出来るように、運について、運の大切さを、「当たる」占い師を探す前に、「当たる」「当たらぬ」を評価する前に、それだけの意識があるならば、「運」についてよく理解した上で、その上で記述の通り、出来れば「当たる」「当たらぬ」の意味合いも自分なりに理解して・・・・占い師へ。占い館へ、占いサイトへ・・と強く思う今日この頃です。
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