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奇門遁甲の歴史【煙波釣叟歌】と現代開運・方位学会の課題。

奇門遁甲の歴史【煙波釣叟歌】と現代開運・方位学会の課題。

日本に奇門遁甲が伝来されたとするのは、約1400年ほど前かと思います。そのくだりは日本書紀にも記されているようです。

この時に、貢られた遁甲方術の書とは【煙波釣叟歌】という奇門遁甲の原書といわれるもので、詩の形式で書かれていたそうです。内容は理論的に矛盾だらけで、ひどく複雑難解だったため、これを学んだ者は、改良を重ねに重ね、簡単に吉凶を占う方法を見つけました。そして、これが日本における気学の祖でもあります。
しかし・・驚くべき事実が・・それは、奇門遁甲の原書「煙波釣叟歌(えんぱちょうそうか)」自体が偽りの書であるということです。

おそらく、この「煙波釣叟歌」に関わった全ての者は、この事実に毛ほども気がついてなかったと思います。全ての人が、この書を永遠の栄達を手に入れる秘書として大切に扱い、かつ解読したに違いありません。

要するに、ほとんどの奇門遁甲と呼ばれる流派は、全くの偽書を基に作り上げられてきたという事実があります。

それは、真伝の、本物の奇門遁甲の奥義は、いつの時代も口伝によって受け継がれるものです。その漏洩を防ぐために、暦、組み方、判断のしかたを変えて、いかにももっともらしい奇門遁甲を作り上げたのです。それが、一般に知られる奇門遁甲の術であり、「煙波釣叟歌」でもあるということです。

日本にも林羅山という高名な儒学者がいました。その「煙波釣叟歌」と当時、諸葛孔明が書いたとされる「奇門遁甲統宗大全」を、ひそかにまとめ上げて、幕府の中枢のほんの数人と一族の者にだけ伝えたとされるものもあります。事実は、諸葛孔明が残した兵法書は、少なくとも八門遁甲の術に関する限り一冊もないというのが事実であり、「奇門遁甲統宗大全」を諸葛孔明の著者と信じている人もいるようですが、全くのデタラメ。まして偽伝の「煙波鈞叟歌」を基にしているのにも関わらず非常に機密として扱われたそうです。以後、幕府が絶えるまで、書に記されることなく、受け継がれ、幕府消滅と共に、この世から消滅したようです。(手掛かりになる書物は明治時代に発見されてはいますが、子孫からの流れで、聞き知ったものをまとめたもの)

ひとまず、日本においての「奇門遁甲」に絞って考えてみますと、この「煙波釣叟歌」が基となって、長い間翻弄されてきたのも事実のようです。
気学においても、編集されることなく、おそらく偽書そのままの内容を取りこんでいるところもありそうな様相です。

では、真伝であり、口伝の奥義(本物)の奇門遁甲は、どの流派、どの方が提唱しているものになるのでしょうか?

それは、著書などで、我こそが真伝、本物、奥義と唱えておれられる先生方、流派の方々もおられれますので、一概には言うことが出来ません。
真伝の根拠もそれぞれです・・・。

しかしながら、奇門遁甲の歴史でさえ、このように、本物、口伝中の口伝、奥義は、一部の者が握り、その漏洩を防ぐために、嘘、偽りの書を世に広め、あたかもこれこそ本物という学者を増やせば、増やすほど、本物の奥義は、守られ、一部の者(権力者)が永遠にその恩恵を受け続けていけるという(覇権)構図は、方位学に限らず、常にあることです。

和泉堂の奥義でもある「八宅盤」「八宅派風水」の原理を利用した・・・「距離を有した開運方位術 和気修方」 においても、ひょっとして、中国4000年の歴史の中で、ごくごく一部の方が利用していたのかもしれませんが・・。それが表舞台に出ることは決してなかったと思います。いずれにしても先代が「日本人独特の物づくり精神の極み」でもあります閃きで始まった発明品ではあります。
この原理は、中国から頂いたわけですが、それを 和気修方 のように実際「方位術」として使っていたことがあるのか、ないのか?は今になっては分かりません。そのヒントになる部分は、五要奇書(八宅明鏡)に記されていた「これから先は塩梅ひとつ」に集約されます。

しかし、方位術に限らず、周知の通り日本は、物づくり大国として、世界でトップを走ってきました。ということを踏まえてみると、方位学においても同じことが言えて自然ではないでしょうか?中国では、ここまで・・・となるものを、日本ならこのあたりまで一気に昇華!という開発力がある方が居て当たり前のような感じさえ受けます。
しかし、現代もこれまでも、日本の方位学会は、結局のところ、中国依存症、台湾依存症、韓国依存症です。中国にお伺いを立てながら、これこそ奥義。という部分も中国からそのままのコピーを持ちだしてきます。

それは、道義的な意味もさることながら、日本人のアイデンティティからしても違うような気がします。日本人は、古来より、漢字を中国から輸入し、それをひらがなに変換し、転換してきました。ひらがなは立派な日本の製品です。それほど、昇華した内容のものが方位学にはありません。

とは言うものの、その中でもオリジナル性を持って、中国式を日本式に、風土な合わせたやり方で、原理は中国本流を活用し、それなりの形をつけて理論を展開している現代の学者、風水師と言われてる方はおられます。それはそれで立派なことです。がしかし、これもそれも最近になってのことです。この15年程度はありませんか?中国が本流で、中国の原理が本物ということを知り、言いはじめたのは・・?

これらの学者は戦後も戦後・・・最近の話です。和泉堂は、大正時代には既に中国の原理が全てで、その中の選りすぐりが「八宅派の原理」であり、21世紀まで見越して、これこそお役に立てる本物の原理である。ということを宣言し、なおかつその「原理」を活用して、先代(和泉堂)独自の、日本独自の形にまで変えて、既に商品化までしておりました。(大正時代です)
それから100年近く経ってなお、表舞台の開運、方位学会の現状は言うまでもありません。

ただ、和泉堂もようやく中国本流が改めて表舞台に出てきたということもあって、我々もここらで口伝公開ということになったのも事実ですが、理論確立から実践期間100年という歴史の重さと、ここ最近の学者の論文とは、追いつこうとも、追いつかない差があることだけは、ぜひご理解頂きたいところでもあります。

前述で申し上げた通り先代が、21世紀を見越した原理は「八宅盤」「八宅派」にあり。と宣言したのは、四柱推命から三式(奇門遁甲、太乙、六壬)やその他、風水の亜流、流行(今で言う玄空派や三元派)など全てを勉強し、真理を探した結果です。それは、紛れもない先見性だったと、今になってその凄味に圧倒されっぱなしではありますが、その裏付け、根拠は、別のコラムなどご覧頂きまして、参考にして下さい。

少々、感情論も入って、聞き苦しいかもしれませんが、「学術タイプ」「根拠が学説が主体」の方々に任せすぎた傾向が強かったために、これだけ日本の方位学会は進化が遅れたし、我々(和泉堂)が世に出ることが遅れたと思っております。
事実、当時(大正時代から戦前、戦後間もない頃)、これだけのこと(和気修方) を著書で出そうものなら、圧力で潰されていました。しかも、著書で口伝を公開してきた方々は、例えばその本が絶版になったとした場合、その後、我が本家のようにその口伝奥義をあたかも自分が開発したように振舞う輩もいます。(宿曜術などもそうです)そういう時代背景やそういうことも懸念してのことでした。
今やインターネットの時代です。

この21世紀に必ずやスタンダード化していくであろう、「印堂」の無相占い と「八宅盤」の原理を利用した「距離を有した方位術 奥義 <和気修方>」 の事実と歴史を公開しておこうと思ったわけです。

それは、前術(盗作)のことも防ぐという意味もありますが、方位学会においても、時代がようやく許容の範囲に入ってきたということも、あいまってです。
開運、方位学、風水学のこれからも、学術的な発展を望みながらも、中国産に依存せず、中国産にそこまでこだわらず、日本式に、いや、日本の商品ですとはっきり言えるようなものを作り上げていくように進むことが本来の日本の望ましい在り方と思っております。

そして、コピーのコピー、一部を切り替えただけの・・・~派、~流からそろそろ脱却して、そろそろ本物とは何か?を方位学会全体が追及していく時代になってほしいと願っております。

そのためにも、繰り返しますが、「中国産、中国産、いやこの中国産が・・・風水奥義で・・・」の執着と過信を薄めていきましょうということです。

(しかし、仕方がありません。中国本流を改めて取りこんできたのが、ここ2、30年程度です)しかも、現在、活躍されている方々も40代~60代です。

ところで・・・日本独自、日本の開発力と豪語しておりますが、過去に九星気学という・・・今でも一般的に認知されております方位学問があります。

ここについては、中国本流の原理や哲学の要が抜け落ちていて、それを埋めるかのように、複雑に付加価値を盛り込んでいます。これは、開発というより、虚偽の開発品です。

あくまで、前述で言うところの「中国産に依存し・・・」というのは、あくまで中国で商品化されている技法であり、原理を否定するものではありません。大原則に、要の原理や法則は曲げたら駄目です。原理は、曲るものでもありませんが、嘘の原理を作るのは開発でも何でもありません。

他の業界の同じくして、他国から原材料(理論含む)を仕入れ開発すると同様に、方位学においても、原理を活かして、どう商品化できるかが日本における開発力です。

未だ、その開発商品化できているものに出会ったことがありません。

風水はあくまで風水レベルですので、この分野がどう発展しようとも、小学生は大学生にならないのと同じで、そこの壁を越えることはできません。

ですので、本来の開運は、何度も申し上げておりますが、「距離を有した方位術」に限ります。その上で、こらからも和泉堂が提唱している和気修方に限らず、例えば四柱推命の原理を応用し、単なる占いから方位学の世界に飛びこむことが出来れば、そこそこの開運、方位学として商品化することが出来そうな気もしないでもありません。それには「開運」「方位学」は“流れ”“円の概念”にあり。を素直に解釈することがヒントでしょう。

また、詳しくは時期を見て、となりますが、前述した奇門遁甲の価値の置き方もしっかり定義付けることも望みたい。価値の置き方とは、開運方位学の定義に当てはまるものなのか?という肝の議論です。造化的開運、微調整、成長を担える原理で方法なのか?という提議。

奇・門・遁・甲の字に宿る意味をもう一度、冷静に。

兵法から発展したものであるという戦術視点を素直に解釈してみると・・・。個にありか?群にありか?活用目的と効果は自ずと限定されるのでは?

忍びは隠。『隠れる』は実体はあるとして評価出来るのか?忍びは吉にも凶にも触れないところで、相手の脇、隙をつく。この上で、人生を包括的に、連動性を持って機能する構造が求められるのが、正しい開運法の定義とすれば、果たして・・・。

と・・ここまでは触れてみたいと思います。(冷汗)

近々、性根を入れて論ずるつもりです。

方位学の発展はこれからが楽しみですが、まずは、和気修方の認知度が上がらないことには・・・ということで、感情論も入りながら、私達も頑張っていきたいと思います。
◼引用
北条 一鴻氏(ほくじょう いっこう)三元奇門遁甲。

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