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オーラ鑑定とは?

一時期に比べ、過熱期は過ぎたように思いますが、今でも至る所で目にする耳にする『オーラ』人体を包むように取り巻く気というのでしょうか、学者によって念体と呼んでみたり、オーラも二層構造だとか、神域を含めると何層にも分かれているなど諸説あります。主に健康状態や性格傾向、思考が色として現れるとしている色彩工学に似た学問であります。この概念は、今に始まったことではなく、何千年も前から人相の気色、血色法といって、色彩とどの部位に現れるかによって、その背景やそれこそ心情まで分析する見方があるように、その応用と言うのか、視点の違いと言えます。

赤なら情熱家や頑固といった一般に知られるような色解釈が基本になります。オーラにも神域層があるとかないとかの話は、人相でも既に神気といって、真心なくして観れるものでもなく、また見ようとして観れるものでもなく、出ない人は出ないものでもあるように、オーラにも当てはまるならば、それは卓越した者しか見極めは出来ないと思います。

ただ、確かに一般に流通しているオーラガイドブックを拝読させてもらい、初級者用と言いますか、オーラの見方を実践しますと、何となくいわゆるオーラらしき色が見えるわけです。私も見聞を広げる為に、自身と他の方も実験体になって頂き、検証したものです。確かにそれらしきものはあるようです。

この訓練を続けていけば、これも人それぞれの視覚領域と感じ方で巷で諸説ある見方のように様々な表現が出来ることは確かなようです。

このオーラと呼称されるものをカテゴリー別で分けてみたいと思います。

問題提起もあいまってですが、オーラとは主に発する気を見ている。という原則があるように思います。人相では、大きく分けて、発するもの。滲み出るもの。察するもの。を『見極めて』更に『察する見方』が出来て超一流とされます。
従いまして、まず大原則として、発するもの。以外に、滲み出るもの、そして、察する見方が可能なものであるのか?という希望的観測を多分に含んだ問題提起です。究極のテーマはオーラで運勢が観れることが可能かどうかの待望論です。

人相でも、過去の情報と言いますか、絞りきった後のガス抜きのような気色を感じることがあります。今を示すものでもなく、いや、今のようで、今でない。例えば、ため息や燃焼しきった後の安堵感交じりの熱気は、今のようで、それは既に過去。今と過去が交じった状態を指して、今を断ずるのは危険です。それに似たことで、オーラも、毎度色が見えますとした場合、このカオスの色味を分別出来ているのか?という問題提起。そして、発する気は、発しているわけで、それ以上、それ以下でもないわけです。正に言い当てたとしても、今元気ですね、やる気ですね、ネガティブですね、冷静ですね。の範疇は超えません。問題は次の滲み出るにかかる問題ですが、人格が高い人ほど、気をあえて発しないわけです。発しない。わけですから、特色で見える・・はいささか・・。この見極めも大事なポイントに。次に滲み出るオーラですが、人相では骨格を観るとも呼びます。表層に現れる気に惑わされ、分析したところで、この方の根幹を成す気、骨格を観なければ、芯をつけません。滲み出る。とは、出てないに等しいわけで、こちらに心がないと、真心がないと、観れるものではありません。本人も知らず識らずのうちに。であってコントロール出来るものでもなくて、正に滲み出るが如くの気であり、オーラと言うのでしょうか・・・。

そして、分かりやすく大きく三つのカテゴリーに分けているだけで、人は複雑怪奇、目まぐるしく世を渡っていくのが人生、現場は簡単に棲み分け、整理出来るものではありません。だからこそ、最後の要の要、だからどう察するか?という見方、感じ方で締めないことには、収集つかず、またお客様の為にならず、強いてはお役に立てないのです。

気は動で見よ。です。化学反応と言うのでしょうか。浮き出てくる、閃くと言うのでしょうか。このどこかで、言葉にならない言葉でお尋ねをしてるか如くの姿勢が加わることで、見えざるを観、察すべきを察することが出来るようになります。先ほどから説明させて頂いております見極めも、これが不思議なもので、ネガティブリストはさらっと流しつつ、結果、足し算的に瞬時に終了している感覚です。

はい、まとまりました。

となります。

話を戻すと、これは希望的観測であり、待望論を求めての問題提起であります。

オーラ鑑定についても、まずこの見極めが学問的にしっかり成されているのか?今後、可能であるのか?ということ。これは、単なる色彩工学では不可能であって、人間学を修めていかなけば本来、なし得ないものです。

また、深くは言及しませんが、人は常日頃から、また見ようとすれば、人体全体に包み込むようにオーラが広範囲に見えるもの。とか、何層にも住み分けられて色味が区別して見える。だとか、歴戦の師匠方に聞いても、また私も思いますが、疑わしく思います。稀に、または選ばれし、とか、時期タイミングが重なった場合のみ、それこそ包まれるような解き放たれた色彩を感じるのではないでしょうか?

大体は、先ほどから申し上げてるように、心身の健康状態、戦闘体制の有無、知らず識らずの気が混沌を極め、また、随所的に揺らぐ、煙、湯気のように見える、感じるとしたものではないかと思います。

毎回、誰でも全開で見えます。と言う人は、過大解釈、誇張した、それこそ見極めなく決めつけた見方で勝手に視力を広げているか、正に選ばれし鑑定士。我々もまだ未知なる可能性を自得されている天才か!?どちらかでしょう。

とは言うものの、古来からオーラ的なものを、局所で参考にする能力者はいたのも事実です。しかしながら、まだまだ厳密な、精密な研究はまだまだ未開拓と呼べるでしょう。易学、人相学でさえ、何千年もかけて、研究がなされ、それでもまだ多くの問題を抱えているわけです。

にも、関わらず神秘性だけが一人歩きし、よがった能力者の言い分をそのままウィキペディアに載せてしまうほど安直に事実化してしまうのは、誤認と進化を妨げるのではないでしょうか?

ちなみにオーラ鑑定は、数千年前の人相創成期にさえまだ及ばず、今、現在の何となくの情報を何となく理解する程度のレベルであると思います。

ここに、運勢学、人間学のエッセンスが多分に加わり、化学反応を起こせるほどの学問的、実践的な発展を願っております。

他の占法、伝統的な能力とは分野が違いますが、これはこれで、別路線で確実に世に浸透していくものであるからこその期待と憂いがあります。

また、人相の原理とも全く関連がない。とも言い切れない部分は残りますので、我々も断定は出来ませんが、希望も残しております。

ですから、オーラ鑑定師やそのお客様も、どうか謙虚にわきまえた上での関わりをお持ち頂きたいとも思う次第でございます。
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