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四柱推命(占星術系)の限界点。

『流れを見る』
『流れを読む』
『流れを造る』

人相においても、手相においても、流年法という生涯の流れをざっと見る見方がございます。〜歳あたりに転機、達成、病など、生涯スケジュールをカレンダーに赤丸をつけるイメージです。これは、概念とすれば、四柱推命、紫微斗数、宿曜術・ホロスコープも当てはまる見方です。

『流れを見る』

と言うことです。

観相家や占星家の腕次第ですが、名人ともなれば、何年何月頃に〜が来そう、ありそう、こうなるをスバスバ当てることも少なくありません。

現に中国でも、日本でも、特に四柱推命や紫微斗数には信頼を寄せてきた歴史はございます。

しかし、ここでよく認識をしておかないとならない本音と建前がありまして、どこまでも流れを見る。だけでありまして、流れ。と言いながら、それは思考や知恵といった人間のクリエーションな要素を完全に抜きとった、静の流れを見ているに過ぎない点です。

当たる当たると評判の切り抜きは一旦棚に上げさせてもらって、実際のところ、断片的な事柄であったり、初めは当たるが、段々とズレが・・当たらなくなってくる。といったケースは大変多くみられます。

この原因は、紛れもなく知恵と思考、加えて感情(理性)の欠け。も一つ言えば、運の有無も。

けれど、四柱推命は運気が分かるのでは?と思われるでしょうが、これも認識の差が出まして、今年は良いとか悪いとかは、舞台の照明みたいなもので、実質的に社会に人に直結してるのは、俳優である本人の運です。照明ピカピカでも本人真っ暗では何にもならない。というわけです。

従って、いくら流れを見たところで、人生は動いている。の動的見方が加わらない限り、ズレが生じるのは当たり前なのです。

命運とは、どちらかと言うとお硬い見方であって、天命とか、宿命的ニュアンスが強い見方を言います。

従いまして、長い人生の中の僅かばかりの固定的なイベント、出来事は断片的に当たることはあります。それでも近似で当たるみたいなもので、言われてみれば・・それに近い事があったなどが殆どではないでしょうか?

その部分だけを切り取り、剥ぎ取り、ハイ、これが貴方の生涯です。と言われて納得しますでしょうか?中には『その通りです。』と即答する人もいます。それは、キツイ言い方をすれば、実に浅い人生、後ろ向きに生きてきた人生、何にもしてこなかった、知恵出さずの人生だったのではないでしょうか?

真剣に生きてない人、生きてこなかった人は、決まってどうでも良いことや、過去に何があったとか、今の環境について『当たる』を重視し、騒ぎ立てます。

人生とは、成長あるのみ。であって、全ては成長とリンクしながら造化、発展していくものです。この感覚、センスは本能的に身に付いているものであります。冷静に見れば、考えれば、四柱推命で当たる、当たらないの住み分けは出来るはずであって、実質上は、ほぼ当たってないことに気付きます。と言うより、当たってるとか当たってないとか二元論の評価でない見方や感想を持つ。が正解かもしれません。

この感性はどこから?

単に無機質に流れを見る。から、流れを読む。という察する力学を生じさせ、その上で、『流れを造る』といった動的な人生観の持ち主だからです。

ならば、単なる統計的な流れは参考にしかならず、また僅かばかりに的中してしまう出来事、イベントは、あくまで、変化、過程のうちの一つ。造化の素材という解釈でおさめることが出来ます。自らに課された課題とか、自分が招いたことですから・・とか、とにかく前向きで、謙虚な解釈です。

前述の運の話に戻りますが、背景、舞台より、演者です。背景、舞台の在り方をいくら観て、分析したところで、どの劇場を選ぶか、選んでしまうかは、自由意思や偶然が殆どです。決まってたが如くに選ばざるを得ない劇場でも、どんな所であったとしても要は自身の振る舞い、役作り、腕次第であります。

従いまして、特にですが、動的生き方や概念を有する人は静的占いをいくら見てもほぼ参考にならないことを念頭に。

静的、無関心、無気力、下品、欲の張った人には、静的占いに過剰に化学反応を起こしやすく、またそれに対する評価も過大になりすぎるこじつけ思考になります。総じて楽しむし、信じきる傾向が強いわけです。こうゆう人には、人生は切り変えられる事が大半ですよ。人が作った統計通りの流れ通り歩む気ですか?と聞きたくなります。

究極を言えば、実践では、現実やどこまでも足元を見た生き方で、そしてその事が真剣勝負であればあるほど四柱推命やその他占星術は、使えるものでも信頼を置けるものでない。と言い切れます。

但し、占い師のパーソナリティが高いならば、ペーパー分析に頼りながらも、また、その占い師自身の能力として動的見方が高いレベルなら、この限りではなく、それこそ生きた鑑定が出来るでしょう。

あくまで静は静の範囲での見方と価値であることを、これは占い師側よりお客さん側がしっかり認識しておく必要と、多少の見る目が要求されます。

もう一つは、世間の悩みや躓きは、些細なことが多いし、一見、他愛もないような選択の連続であったりします。実はこんな庶民的な内容を真剣に向き合うことが現実であって、これが答えれて占い師の腕です。明日どうなる!?どっち!?をどこまでも指南をベースに鋭く観れることが仕事でありますが、ここに対応しうるか、どうか?が四柱推命類の大きな特徴と課題点です。

昔、通ってた塾の講師がよく言っていたことを思い出します。

書きながら、聞きながら、理解しながら。

の三つを同時にせよ。です。

当時は何を無茶なことを言うな・・と思いました。余計に不効率であると・・。

しかし認識が甘かったです。社会は、しながら・・を重ねること、こなすことでした。だからこそ、運も暮らしと常日頃から連動性を保ちながら、どの手も休まず、ぴったりひっつく運作りを。穏やかにみえて、迫力があります。動きの中で微調整しながらも増幅していく、マネージャー的開運法や占法に重きを置くべきでしょう。

Vol,1 として一旦置きます。
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