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五行思想は創作思想。

東洋占術家として、どの占法を主として使っているとしても、必ず一度は勉強して頂きたいのが『易経』です。稀の事と思いたいのですが、易経の序文さえ知らないという占い師は、まず「もぐり」と思って頂いても結構かと思います。

万物の生成と消滅の原理、宇宙、この世は一体どう成り立っているのか?といった根源的な原理を説き、更にその先にある人の生き方の真理や哲学を求めた学問でもあります。※孔子編纂『十翼』参照。

現代物理学の進歩は目ざましいですが、文学的ニュアンスとは言え、最新の物理学定理を凌ぐ内容も多く存在しているとも思います。

例えば、物理学史上、最大の二大革命と呼ばれるものが、『量子論』と『相対性理論』です。東洋運勢学の二大革命(発明)と言えば何でしょう?まず陰陽思想「陰陽学」は絶対的でありましょう。すなわち『易経』とも言えます。ひとまずの話として、次に出てくるのは、五行思想「五行論」ではないでしょうか?合わせて『陰陽五行説』とも呼ばれます。結論から申し上げれば、陰陽五行説とは、後から再婚したみたいなもので、五行論が婿養子の形で婚姻関係になったものです。更に結論から申し上げれば、其仙流は、この陰陽五行説を懐疑的に見ている立場であります。百歩譲って受け入れるならば、陰陽学と五行論は、はなから分けてとらえて考えるべきものとしております。

五行思想または五行説とは、古代中国に端を発する自然哲学の思想。万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという説である。また、5種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えが根底にあるとしたもので、この考え方は東洋だけではなくて、実は西洋でも、似た考え方が存在しています。(四元素説)
また、五行の互いの関係には、「相生」「相剋(相克)」「比和」「相乗」「相侮」という性質が付与されています。詳しくは割愛しますが、要するに木、火、土、金、水の関わり合い、互いの相性を細かく分類しているのです。

さて、北宋になると周敦頤が『太極図説』によって『老子道徳経』の無極を取り入れ陰陽五行によって解釈した無極-太極-陰陽-五行-乾坤-男女-万物といった構図を図として提示したものが有名ですが、私はこの陰陽⇒五行⇒八卦と繋がるのが、何回見ても理解し難いのです。

前述の五行元素における「相生」「相剋(相克)」「比和」「相乗」「相侮」という性質を読み解こうとしても、矛盾が生じてしまうのです。相克関係なんかも、解釈として、剋する。というより、支え合う。の方が、より実社会的に思えてしまうのです。直球で申し訳ございませんが、現代で言う『オカルト』としか見えないのです。起源も紀元前250〜300年ほど前でもあり、運勢学の歴史としては、比較的新しい学問であります。五行思想、その着想に至った経緯も諸説ありそうですが、天文研究で5つの惑星が当時発見されていたことから、元素を5つにしたとかを聞くと、陰陽学を発明したほどの東洋哲学らしくなく、安直で、後から辻褄合わせ的な匂いも漂ってきます。また、五行は自然界の生剋と循環を表すものです。しかし、よく考えて下さい。木は木、火は火、土は土、金は金、水は水です。そのどれもが単独で成り立っているではありませんか。どこに生成と消滅がありますか?『役割』なら理解出来ます。それぞれの役割を説くなら、解釈は容易ですし、運勢的に考慮させるのも一理ありそうです。しかし、五行元素のそれぞれは、その時、その場面において役割や解釈が変わるのです。主役であり脇役でありエキストラにでさえ・・・。従って、一概には包括出来ない側面もあるので、やはり、運勢に反映させるのは無理筋です。また、循環を示すなら、食物連鎖を考えてみて下さい。あれが正に自然界の循環であって、五行のどこが循環と呼べるのでしょうか?自然と不自然。循環とはどこまでの自然の流れ。無理筋があってはならない、限定的であってもならない、こじ付けがあってはならない、まして、流れに人為が働くことで成り立つ関係があるなら尚更です。五行の循環は、そういう意味では無理筋がありそうです。火は土を生ずる?金は水を?一理は当然ありますが、よく考えてみれば、限定されてすぎてはいませんか?また、循環、循環と言いながら、原点回帰がない。出発点が見当たらない、軸が取れない感じも致します。

政治で野党が五団体連立している風にもとれます。『見掛け』を合わせただけに過ぎないのではないでしょうか?

この五行から十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10の要素の順列)もきています。暦の表示に使われるものですが、其仙流では、五行を否定している立場の延長で十干も運勢的性質を有するような扱い方には否定の立場です。俗に言う十干十二支の組合せで、60年。これを一巡りとすることを否定しているわけではなく、あくまで、これらは、事実が先にあり、後から当てはめた符号みたいなものです。実際は、何でも良いわけですから、このことを超えた性質を求めたり、役割を与えるのは、曲解どころか捏造です。

運勢学における原理や哲学は、先人達から頂いた宝物です。しかしながら、実際はガラクタも沢山含まれていることを、そろそろ誰かが、勇気をもって公言する時代に差し掛かってきたのではないでしょうか。

高級レストランで、見掛けは全て一流。素材、作り方、味付けは、五流以下。「美味しいですわね。おほほほほ。」と上機嫌のお客さんと、したり顔の店側。ここでの問題は、シェフも客もこのズレに全く気付いていないことです。言いたくありませんが、こんな支離滅裂なこと、光景が至る所で発生しているのです。

滑稽とは正にこの事でしょうか・・・。

ですから、我々は、尊敬する先人達の名誉と誇りを取り戻すためにも、やはり、過失は過失、失敗は失敗と素直に認め、後の時代に少しでも本物を残して、引き継いでもらうことではないでしょうか?

過去、数千年もの間、是正がされてこなかった原因については、他のブログでも散りばめて語っております。何故私達が、これほどに勇気と自信をもって、成熟しきった常識を、間違いである!と断言出来るのか?この未知なる分野、ニアピン論で終始する分野においては、問題提起として論理的に突っ込むことも研究しながらも、最後の最後は、運勢学という、掴めそうで掴めきれない未知なる世界の創始者である『天』に直接、確認することしかありません。我々は無相が使えます。最後は無相で天の承諾を得てきたわけです。このことが、論理的根拠も示しながら、この大胆な是正活動が出来る所以です。

根拠の根拠、原理の原理となれば、五行説を、大前提として否定しながらも、残すべきとこは残すとしたところまで作り上げていく為には、これからも根気強く研究していくしかないわけですが、それを待っていては、『実害と無価値』の存在がいつまでもあり続けることになります。実害は問題外ですが、無価値なものに、心が揺さぶられ、お金を払うことほど、滑稽なことはありません。

細かい実証はこれからとして、まずは勇気をもって、打ち出しておきます。

『五行思想に、何の根拠も価値もございません。』

占術、医術、武術に多大な影響を与えることになろうかと思いますが、

『五行思想はオカルト思想に近い、時の運勢学論文ブームに名を馳せたい研究者の勝手な独自の創作思想と原理です。』

五行頼りの、五行を軸にしたもので、効果あり、実証ありとした立場の方々にも、大変、失礼、心外な思われるでしょうが、

『偶然か別の要因です。十中八九、五行の理屈での因果ではございません。』

まずは、過激でも打ち出しをしておきたいと思います。
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