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占いは「断定」すべきか?

「後、3カ月以内に、小さな会社を切り盛りしている社長と出会って、年内に結婚するわ。」


「大丈夫、必ず上手くいくわ。」


「これは、駄目男、今すぐ離婚しなさい。」


はい、極々一例を挙げましたが、これらを断定的占いと呼びます。

人気の占い師は、大体がこの断定的な占いをしているのではないでしょうか?お客様は、参考にするしないは別にして、出来るなら、はっきりと道を示してもらえることを望んでいます。

しかし、ニーズとは対照的に私の経験上、甘く見積もっても「断定」出来る相談が圧倒的に少ないです。

逆に言えば、人気の占い師は、何故、そこまで断定出来るのか?理解に苦しみます。

では、何故断定出来ないのかを、和泉堂としてのケースを紹介してみたいと思います。

① 人生は、人は複雑怪奇、可能性が50%、揺れる流れが観えた場合。

② 志あれど、お客様の設定、準備が不十分(未熟)は、どこまでも不十分の因果律が観えた場合。

③ お客様の願望、欲求を超える視点と飛躍。つまり、良し悪しを超える見方、学びが必要と観えた場合。

④ その流れの質を問えば、あえて伏せる、軌道修正が必要と観えた場合。

⑤ 運の助けが往々にして必要と観えた場合。



では、あえてですが、バランスの為に「断定できる」事柄を挙げておきます。


① 設定、準備、人間力が基準を満たしている、またはそう観えた場合。

② 因果律が一方向しか向かない、またはそう観えた場合。

③ 断定が追い風になることで、より正しさを増す、努力を怠らない、またはそう観えた場合。

④ お客様の動機、良し悪しのみの判断をしても、道理に反しない、またはそう観えた場合。

⑤ 運の加勢が著しく顕著、またはそう観えた場合。

です。

つまり、毎度とは言わずとも、高い確率で「断定」する占い師は、少なくとも和泉堂が条件とする上記5項目のいずれかをクリアしていると認識するわけですが・・・、それほど成熟した人、相談ばかりとは羨ましい・・・さぞ、見応えがあることでしょうね・・・。

はい、えー、皮肉はこれくらいにしておきましょう。我々が考える運勢学とは、「断定出来ない。」ではなくて、「断定出来るものでもない。」もあり、「断定するものではない。」があります。つまり、運勢学、人間学を高いレベルで学べば学ぶほど、当たる、当たらないを超えた見方が体に染み付いてくるようになります。

【人それぞれに合わした運勢の見方が出来るようになる。】は、プロならば、最低限、このことを前提としたいわけですが、もう一歩踏み込んで、「学び」「成長」を具備した見方が出来て、上質としたいところでございます。

更に、ここで初めて、当たるを超える。となります。単なる占いから、価値ある占い、そして、「指南」へと繋がるのです。もう少し分かりやすく言いますと、芸事の世界で言えば、師弟関係と似ています。優れた師は、弟子の長所欠点、悩みを含む「成長過程」を手に取るように理解しております。その上で、あえて経験させ、あえて小出しに振る舞い、見守りながら、一流の芸人に仕上げていくものです。

この過程の中に、エピソードとして、良し悪し関わらず「断定」出来る流れはあっても、殆どの事が断定出来るものではなくて、修業中の身・・・学び、成長を具備すれば、断定出来るもんじゃない、「あえて断定することなかれ。」もあるのではないでしょうか?

このことは、師が描く弟子のあるべき姿が明快であるからこそ成せる技です。

我々の指南業で、対お客様においては、その人のあるべき姿は、その人にとってのお手本、参考書には当てはまりようのない唯一無二のお手本と見立てて、今と少し先の流れを噛み合わせていくわけです。

従って、無相で天に行く先を尋ねているとは言っても、我々に高いレベルの人間性が備わっていないと、無駄と思えるような経験をそのまま無駄に終わらせ、価値判断がない因果律に従い、間違った軌道を推し進めることになります。すなわち、「刹那の快感のループ」に入るだけで、本来のあるべき姿に気付くことすら出来ない状態を重ねていってしまいます。総じて、占い師もお客さんも「青写真・デザイン」を持てていないことの顕れでもあります。

だからこそ、己に、道に謙虚になればなるほど、また、青写真が明快であればあるほど、

「断定出来るものではないし、するものではない。」が、今を真剣に、真摯に観ようとすればするほどに際立つものがあるのです。


はい、ですから「断定出来る。」には、占い師にも、お客様にも相当な「重み」がいるという事です。

初見の場合を条件として・・・、

「余暇的運勢である。」場合、または、「方便」として、断定したことはあっても、「重みを持った断定」をしたことは、数%もないと思います。

格好良い言い方をさせて頂ければ、それだけ人世に対して、運勢学に対して、真剣である証なのかもしれません。

あ、えー、はい、すいません。毎度上からの物言いで・・・お粗末様です。
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