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成功に法則なし。継続に法則あり。

成功体験がある殆どの方が、肌で感じているある意味での原理原則ではないでしょうか。人の夢は様々、人の目標も様々、何をもって成功か、実現かは、天地裁量をもって自由としたいところです。世のため、人のためとなる志と具現化した事業、行いに重きを置くことが天の道と雖も、人に過程あり、時代時代の喜悦を感じることも、また人の道とする幅(余白)もありたい。初年、中年、晩年における小輪、中輪、大輪の華を、どう評価するかは、世間様に問われ、天に問われ、正否は自らの気付きに託したいけれど、一方で、自修の高みを臨み、徳量満ちるまで何も動かずは、真剣であって真剣に非ずになっていることも考えたい。いずれにしても、小善、中善、大善のいずれかに生きる、「ひとまずの情熱」さえ無き者には、運の助けも、成長のプログラムも働かないことを肝に銘じたい。

さて、これら裾野の広い人生観を認めた上で、また多角的な解釈での成功を意味付けした場合、「成功には法則があるのか?」ですが・・・、はい、結論的に申し上げれば法則はありません。

厳密に言うと、成功には前提として、一定の条件は不可欠ですが、やる気があれば、誰しもが用意出来る範疇であり、それらは大した事ではありません。

成功のキッカケ、ここが運命の分かれ道、ターニングポイントとはよく言ったもので、表向きとは裏腹に、真実は?となると、十人聞けば十人十色、国、人種、文化、宗教の差ほどにバラバラです。成功までのプロセスは、見たまま聞いたまま、見様見真似で幾月は実践したり、いわゆる成功哲学を遵守してきた末に掴んだものであることは、紛れもない事実であるものの、=成功の法則と高を括るほど、これらの行(プロセス)に絶対的な信頼度があるのですか?と問われれば、デリケートな内容ではありますが「物言い」をつけたい。

成功を掴む過程にある人に対して、オーソドックスでもありながら、先人達の知恵は足るほどに採用し実践すべし、は当然とさせて頂きながらも、だから成功する、でなければ失敗するとした決めつけ、呪縛からの解放のパワーを、誤解がないようにお願いしながらも・・・知って頂きたく存じます。

『成功の法則は詰まる所、何でも有り』

であると、現実(事実)はそうなっているようです。成功者によっては、それが恥部ともとれるエピソードであったり、軽々しい仕掛けがたまたま、ひょんな事から、予期せぬ死角から、出会い頭で急に、奥の手で・・等々、表向きの史実には出ないエピソードは、必ずと言っていいほど「ある」ものです。とは言うものの、ひとまずの礼儀作法を務めた上での自由法則でとしたいわけで、重ねて誤解がないようにお願いします。

ここで、取り上げたいメッセージは、成功までのプロセスを型にはめすぎないように、です。どこか評価評論に終始する人ほど、機会を失い、作れず終いになりがちになりますよ、という実践者からの裏メッセージ、警鐘であるという捉え方でお願いします。

はい、このことを豪快に表現すれば、型をはずせ、成功には法則などない、売れているビジネス書や、お偉いさんが書いた成功哲学、成功法則通りにやっても成功しない、それより運を掴め、奇抜な知恵を絞り出せ、当たって砕けろ、粗骨気にせず、情熱で突っ切れ!ということになりましょうか・・・。

さてさて・・・とは言うものの、私が本文面の至るところで、デリケートなこととか、誤解がないようにとか、留意しながら、お伺いをたてるように話を進めてきた理由は、次の次元の法則に上手く繋げたい為でした。次の次元、つまり、成功した事業、行を更に発展、継続させられるかどうか?が、後に控えているからです。

はい、つまりここからが、原理原則と法則が、逃れることの出来ない運命であり、鉄壁にもなり、超えられるかどうかの正に事実上の本番となるからです。

極論言えば、成功までは法則はない。けれど、その後は、法則に忠実でなければならないわけです。

ですから、デリケートなお話であるとしたわけです。

後の法則とは、平たく申し上げれば、「最後にはその人の人格が問われる。」ということです。仕上がっていないまま成功してしまい、後追いの微調整、成長がストップするようなら、世間様は、いや、天さえも、無常に厳しく、じわりじわりと未熟な部分、未完成な部分を狙ってひび割れを起こし、ある時崩壊させられます。

先の十年、いや二十年を見越した準備を、清貧の時期を設けるか、見切り発車でも、後の人格(=理念)の地固めに覚悟を決めきるか、刹那の喜悦を求めるか、こればかりは、実際問題としてですが、自分以外で誰も強制出来るものではありません。唯一、自覚をもって関与出来るとするならば、我々のような指南者でしょう。

極論を言えば、ここに的確な答えはないようにも思いますし、現代人の器量、徳量、社会構造から推測するに、動きだしたものを、熱く動きだそうとしたものを、そうやすやすと止められるものでもないでしょうし、スポーツ大会の入場行進のように、正確にコントロール出来るものでもありません。

細かく、隅から隅までの理屈を長々と述べておりますが、この段にきて改めて通じるのではないかと思う「諺」のようなものでして、『成功には法則なし、継続には法則あり』は、事実上は幅が広く、多くの選択肢で埋めることも、自由な取捨選択が可能で、独色領分をもった連立方程式です。

極めつけは、最後には人格が問われる。という最大の原理原則、法則さえ肝に銘じているならば、ひとまず十分としたい。どこか慈愛に似た心持ちで、時に一緒に時流に乗りながら、また見守りながら、次なる手も見越しながら、方やで清貧の時期を一緒に過ごしながら、千差万別のお客様の一挙手一投足に、運勢に、「真剣にして柔」の修業でもあるのが、我々占い師(指南者)の宿命でもと締めくくりたいと思います。
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