FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

修方力とは?ー 開運法の選び方 ー

人は気を抜けばいつの間にやらエゴイズムな生き方に・・・。

自我もほどほどにと頭で理解していても、土壇場では性分に負けてしまうのが人間というものです。無我、非我の境地といった宗教的見地はさて置き、自我が全くないのは現実的には問題であって、それぞれの我勢に応じて、自らをもって、手懐け、しつけることが大人の自意識としたいところです。

さて、この自我の在り方はその人の生き方を大きく作用します。このことは「運」の理解、解釈に反映されている場合が多いのです。

極端な分け方をさせて頂きますと、自我の強い人は、「運」も自力と鋭く理解します。自我の弱い人は、「運」は他力と鈍く理解します。ほどほどの人は、「運」を造化と深く理解します。すなわち、自力と他力の中間点(造化)に「運」の本質が存在するとみています。

確かに、自力運とは人間性が鋭く関係しております。人為の成果はスマートに出るし、原因と結果がその人の人間性を通せば理屈で繋がりやすく、総じて「何となく、運が良い」を引っ張るのが人間力とします。

反対に他力運とは、人間力の産物というより、自然の産物であり、天地の恵みが包括的に関係しております。自然の影響は、定量化することも、因果律を説明することも困難ではありますが、時に人は、目に見えない何かに生かされていることを感じる体験をします。総じて「不思議と運が良い」を引っ張るのが自然力とします。

整理のために、この解釈の何が、どこが正しくて、間違っているか?を問うものでも、指摘するでもございません。自力運、他力運どちらも通る言い分(いいぶん)であり、紛れもない事実でもあります。問題は、どうしても二極化してしまう傾向があることです。自力運派は、他力を懐疑的に見る傾向があったり、他力運派は、自力を独善的に見る傾向があったり、どちらかに傾倒した生き方になりがちです。

そして、自力と他力の中間点(造化)とは?となりますが、これはまず「運」の理解、解釈として、言葉のニュアンスの違いを感じて頂きたく存じますが、中間点(造化)とは、自力と他力を引き出す司令塔のような役割であったり、相互作用、つまり酸化と還元のように、成長を促す役割であったりします。

自力⇆造化⇆他力

ここから言えることは、人生(運)には、自力も他力も両方いるわけで、それらを上手く、正しく育て、引き出す触媒的役割、リーダー級の存在があって、人生は引き締まるわけです。総じて「妙に、運が良い」を引っ張るのは修方力と呼称します。

更に整理を致します。

◼️三つの運

① 自力運 = 人間力
② 他力運 = 自然力
③ 造化運 = 修方力

◼️三つの運の相互作用

人間力➡︎△⬅︎自然力

どうも偏る、上手く反応していない気がする・・・、人間力と自然力を正しく引き出す力があれば・・・。

人間力➡︎修方力⬅︎自然力

修方力は、人間力を高めるきっかけを正しく与え、育てる。また、自然力を正しく引き出す力を持つ。

人間力➡︎◎⬅︎自然力

このことは、つまりクリエーション(創造)、生生発展を示す。

すなわち、『造化』です。

東洋哲学の華と言えば、「中庸」です。中庸の定義に即して生きることを最大の徳としておりますが、修方力の概念はまさに中庸を得ているとも言えるでしょう。厳密に言えば、元から含まれているといった方が良いかも知れません。

中庸を得ているからこそ、清く正しく、生生発展の道に準じることが出来るのです。

更に整理を致します。

人間力。
「何となく、運が良い」を引っ張る力。

自然力。
「不思議と、運が良い」を引っ張る力。

修方力。
「妙に、運が良い」を引っ張る力。


です。

どれをとっても運が良いに変わりがありませんが、人生、例えば経営において、運が必要な時に必要なだけ入ることが、大事なポイントであります。必要な時、必要なだけ、が妙言です。ここを頻繁に掴むことが出来る人は、「運」が本質的に回っている証です。正に、自然に修方力が発揮している状態で、更に言えば、そうでなければ、「継続的な加護」は中々難しいと思います。「妙に運が良い」の妙は、畏敬の念さえ醸し出す風があります。

ただし、修方力の性質上、サプライズ的、万策尽きた頃、予期せぬ角度から突然やってくることも多いですが、本来修方力とは日々の微調整が全てとも言えるので、本人が気付かないほどさり気ない出来事だったり、「当たり前」「これは、自分の力だ」と、傲慢に思ってしまうような事柄も含まれます。最低限の謙虚さと、さり気なさを察する、感じる人間力が備わってこその味でもあり、主は日々に溶け込む形で、非常事態の際は、軍事力として発動します。

「人生は自分で切り開くものだ。」

は、大正解ですが、これを豪語する前に、「では、どう切り開くのか?」を自身に問うてみられることをお勧めします。

人間力しかり、自然力しかり、必ずそこに運が直結して関与しています。

刹那の繰り返しではありませんか?人に好かれる事をされていますか?その事業は、10年後存在していますか?

「運を大事にしていく生き方。これすなわち人間力、自然力を大事にしていることの証です。」

そして、人間力、自然力を最大に引き上げ、適度に引き出すものが、修方力とご理解下さい。

世間は世間並の運がいり、リーダーにはリーダー級の運がいります。

最後に、人間力、自然力の中間点に置く力は、世の中ごまんとあります。ここを置き間違えやり続けると、先々は必ず先細る、それに長くは続きません。実は、自身が置かれている環境や条件が甘い、緩い、満たされている場合が多く、既にある財産からもたらされる運を、開運と勘違いされる人が多くいます。開運法は、このような人の思い込みを巧みに利用する事も可能であるからです。

万人に等しく作用する原理と仕組み。

万人が聴いて、誰もが納得する概念。

安かろうが、高かろうが、開運法を取り入れる際は、遊びは遊び、本気は本気としっかり棲み分けて臨まれることをお勧めします。一生涯、あなた様と苦楽を共にする覚悟がある迫力を持つのが「本気の開運法」です。本気の開運法を見極めるには、しっかりと手順を踏むことが大切です。

人生の在り方を真摯に問い、世間一般の良心、良識に従って考えてみた時、そのもの中間点(開運法)にある概念として、まさに中庸を得ていて、人生のお役に立つとした深い造詣を兼ねたものがあるのか、を理屈も押さえながら、心で感じて頂きたい。また、見せかけだけで、間違った原理、仕組みの修方力もあることを、きつく留意もしておきます。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

和泉堂 坂上 透

Author:和泉堂 坂上 透
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。