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足るを知る。PART1

日本人である事の誇りをいつも感じさせて頂いております。それが故に、少なくとも衣食住がある環境で生まれ、育ち、仕事が出来るだけの健康を頂き、苦しい時期はあったとしても、何とか生かされている事に感謝をしています。

しかし、少し気を抜けば、こんなに恵まれている中での「悩み」「不満」が心に芽生えてしまうことに、まだまだ謙虚さが足りないと反省することはしばしばございます。

「私は足りている」

を、本気で身に沁みる経験、気付きは、人生の宝、幸福論のど真ん中のように思います。「自由」はどこから?それは、まさに「足るを知る」ことからの出発です。

何かと不自由に思うことの大半は、実は足りていることに気付いていないところからくる「ワガママ」でもあります。また、何かと「言い訳」がましい、「自我が先立つ」のも、正に足るを知らないことが原因です。

世間体、世間の常識、慣習をひとまずはクリアした上でのプラスαが、人並み以上の幸せ、豊かさと捉えることは、賢明な価値観であるとは思います。社会人として、納税の義務は果たした上で、ともしたいわけですが、人によっては、または、その人の時代、時代によっては、最低限の義務さえ至らない環境で過ごさざるを得ないこともあるでしょう。リストラ、事業で失敗、目標の為、健康問題・・・etc、傲慢や怠惰は問題外として、このような環境に置かれた時、いわゆる「全てを失った」経験をされた人ほど、足るを知ることの気付きを得やすいのです。

昔から人間(経営者)は3Tを経験し、本当の強さを知ることになると言われていますが、3Tとは、「倒産」「大病」「投獄」です。失敗は成功の母と呼ばれますが、究極の学びは、生きるか死ぬかの環境を乗り越えていく過程にあります。そこに「謙虚の大悟」、すなわち「足るを知る」が存在しています。劣悪な環境でハングリー精神やら、忍耐力を学ぶ、身に付くことも良しとしたいのですが、陰陽、剛柔併せて真の学びとしたい。

この場合、処世術だけがピックアップされがちではありますが、「なにくそ!」精神だけでは、次の飛躍には繋がりにくく、それにはバネがいります。このバネが、謙虚の学び、体得です。

そして、真の自由を手にいれます。

足るを知れば、融通無碍。すなわち「自由」であると。

この一文は、東洋哲学の花形・・・、ぜひ覚えて頂きたい所存です。

泥水すする苦労せずとも、この境地に自然にいらっしゃる人もいます。徳の持ち味とでも言いましょうか、こうゆう人は、無理筋がない、飄々としている、どこか透明感がある風です。

人格が高いとされる条件に、謙虚は付きものですが、謙虚も段取りがございまして、上質ともなれば、更に下に、下に、重心が低いのです。

世の成功者の最後の砦が、大体がこの「謙虚」への解釈と理解度の深さであるように、最も越え難きテーマでしょう。

私も含む、諸先輩方が痛い、苦い経験をしてきた上で、この大切さに気付いてきたわけですが、後進には、出来ることなら、こんな経験をせずとも、学び得てもらいたいとも思う親心です。

口先で謙虚を語っても、無力なところが厄介で、ばれてしまうのが更に厄介です。

重心を低くする場面では、より低く。不必要な時は必要以上に低くせず、で、十分ではないでしょうか。

癖づける、も芸の一つから始まり、いずれ心に身に付くまでに。

成功か失敗かは、最後の最後に下される神判にかかっています。

「足るを知る」人間か?
上質の「謙虚」を知る人間か?

生き方の奥義みたいなものです。

お若い方は、よく覚えておいて下さい。





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